■若きエリートプロフェッショナルがぶつかった壁
米国ニューヨーク州立大学修士号を首席で取得し、MIT博士課程においては奨学金を授与された才女が今回のスタートアップDuitHapeの創業者Sara Dhewantoさんである。
SaraさんはExxonMobil Indonesiaに10年勤務し、離職時には財務部長のポジションに就いていた。その後、彼女はMillennium Challenge Account Indonesiaで財務部長を務める。この米国政府主導の貧困撲滅団体は発展途上国を選出し、一定の期間、資金提供を行っている。インドネシアが選ばれた当時、期間は5年間で、資金は6億ドルだった。この6億ドルを何万もの配布先に間違えることなく、安全に配布するのがSaraさんの仕事だった。
米国、インドネシア政府のバックアップがあり、資金、銀行ネットワーク、手段が豊富にあるアメリカのこの団体でさえ、配布先の大多数にデジタルで送金できないという問題に直面した。銀行員が配る、銀行に足を運んでもらうなど考えられるありとあらゆる方法を試したが、一番近い銀行でさえ遠いことがあり、災害の被災者、貧困層の底辺にいる人たち、僻地に住んでいる人たちなどには問題が山積みだった。最終的には袋詰めされた現金を持ち歩き、封筒に入れ替え、本人確認をしながら手渡しするということを繰り返さざるをえない状態だった。
■会社を辞め社会問題へ挑戦
インドネシアでお金のやり取りがこれほど困難を極めることに、Saraさんは愕然とした。所得ピラミッドの底辺の人たちは、オンライン取引へのアクセスがない。多くの人々が抱えている金融取引へのアクセスの問題を解決しなければ、と痛感した。
Saraさんは高収入の仕事を辞め、2017年4月に貯金をすべて下ろし、夫を含む金融プロフェッショナルの仲間とDuitHape(ドゥイットハーペー。インドネシア語で「携帯電話上のお金」の意味)を創設した。参考にしたのは、ケニアのM-pesaというスマートフォンによる支払いシステム会社である。M-pesaはケニア全国で使えるデジタル支払システムで、ケニアのGDPを上回る額を取り扱っている。
■銀行口座を持たない人もお金が受け取れるシステム
DuitHapeは、銀行口座を持たない人たちのためのデジタル化した金融取引システムである。
インドネシアでは成人人口の大多数、約1億3千万人とも言われる人たちが銀行口座を持っておらず、銀行と縁がない。銀行口座がない人への送金には費用がかかる上、時間がかかり、効率化できな
い。これが高利貸しの暗躍、汚職、収入格差の助長、地域格差などさまざまな問題につながっている。
こうした状況を打ち破るべく、DuitHapeは顔認証による電子取引を可能にした。津波や地震の被災者でも、身分証は手元になくても顔はある。顔認証であれば、どんな時でも誰もが使用できる。
銀行口座を持っていない人たちとの接点として、DuitHapeはインドネシア人の生活に広く根づき、地方にも多くの店があるワルン(小規模売店·食堂)を代理店にするシステムを作った。利用者は、最寄りのワルンにパスワードさえ持っていけば、顔認証により支援金などを受け取り、そのお金で買い物ができる。その店でお金を消費することが多くなるため、代理店となっているワルンも売り上げが伸びる。実際、コロナ禍で落ち込んでいた売り上げを挽回し、コロナ禍以前よりも売り上げを伸ばすことが確認されている。
代理店になると売上増加が確実なため、インドネシア全国で代理店は増えている。現在、インドネシア17都市に代理店があり、すでに1億円の取引実績がある。代理店の売上増加などの経済波及効果合計額は約6億円と推計されている。
■コロナ禍で取り扱い額が50倍に
DuitHapeはコロナ禍での貧困層への援助金配布により、前年度より取り扱い金額が50倍に増えた。インドネシアで最大のイスラム基金、国際的な人道支援団体、国際的なキリスト教団体、Mastercard、HSBC、Cargill社などの信頼を受け、義援金、支援金の配布で大きく成長。この期間にすべてのシステムをオンラインでできるようアップグレードし、コロナ禍でも障害なく業務を遂行した。
DuitHapeの仕組みのユニークな点は、義援金の配布時に使う対象を特定できることだ。たとえば、コロナ禍では食品と生活用品のみに使えるよう限定できる。高校生を対象に、文房具のみに使用を限定して配布することも可能だ。商品の購入時にもDuitHapeを利用するため使用状況の分析も容易で、配布先の何割が何を買ったか、義援金のどれくらいが未使用かといったこともわかる。
最近のコロナ禍での給付金のデータでは、買ったもののトップ3が米、ブレンダー、そして牛乳だった。ここでわかるのは、給付金を受ける人たちの少なくない割合が自営で食べ物を売っているということだ。生きていく上で誰もが必要な主食のお米が最も購入されたのは不思議ではないが、ブレンダーはインドネシア料理に欠かせないスパイスを大量に下準備する際に使われる。ブレンダーが2位になっているのは、食べ物を作って売ることを示している。ちなみに、4位は大皿などのトレー。作った料理をトレーにディスプレイし、そこからビニール袋に入れて売るのである。
■金利なし・手数料のみのローンシステムもスタート

今までは建設業の日雇い労働者、物売り、漁師、農業セクターで雇われている人などは銀行にアクセスできず、単純な支払い、受け取りがデジタルにできないため、経済的成長への可能性、新た
な収入源への挑戦の扉が閉ざされていた。しかし、DuitHapeは子供(5歳以上)から年配者まで、貧困層も含めたファイナンシャル·インクルージョンを目指す。
スマートフォンを所有していない人たちへの救援金配布システムを作り上げたことにより、DuitHapeはコロナ禍で急成長を遂げた。この会社の今後の目標は、銀行口座を持たない個人間の取引、銀行口座がないサプライヤーへの支払い、そして現金で給与支払いをしている会社の一括給与支払いシステムの普及である。このシステムは鉱業、農業、漁業、建設業等のセクターで大いに活躍することになるはずだ。
さらに、ローンシステムもスタートしている。現在のインドネシアでは、担保がない労働者がお金を借りる際、月2割といった高利を求められる。このことが、貧困から脱出しにくい現状を生んでいる。そこでDuitHapeは利子制度ではなく、一回ごとの手数料でお金を貸すシステムを採用した。現在はローンシステムの初期段階のため、手数料も無料にしている。日本では考えられない銀行口座を持たない1億3千万人という人口。この貧困層が少しでも上へ、上へと登れるきっかけをDuitHapeが開いたと言えるのではないか。
DuitHapeはADB Ventures、Teja Venturesや500社のスタートアップ会社より投資を受けており、第2ラウンドでは募集額の2倍以上が集まった。現在、最終の募集を行っているので、貧困からの脱出の可能性の扉を開く一員に参加したい方は問い合わせて欲しい。