■インドネシアンドリームを実現するスタートアップ

インドネシアの若きスタートアップの魅力は、何よりも「できるのではないか」というポジティブなアプローチだ。
長い経験を生かして独立するのではく、若く、実務経験も浅く、資金もない人が革新的なアイディア、ビジョンで目標や夢(ドリーム)に挑戦する。その目標や夢に将来性を見た投資家から資金が集まり、着々と実現して、社会にインパクトを与えて成功を収める。アメリカンドリームは有名だが、インドネシアンドリームが言葉として定着する日が来るかもしれない。アメリカと違って移民ではなく、インドネシア人自身が実現するインドネシアンドリームだ。インドネシアでSNSを活発に使う人口は1億6千万人ほどいると言われている、この若い世代と共に成長するスタートアップはますます増えていくだろう。
今回紹介するスタートアップもその1つだ。Evo&Co.は、世界的な問題になっているプラスチック廃棄物問題に包括的にアプローチしようとする会社である。私はこの30年間、日本とインドネシアの間を数え切れないほど往復してきたが、インドネシアに戻る度、目に飛びこんでくるゴミや不清潔さが心に重くのしかかる。そのため、このスタートアップとの出会いは鮮烈だった。
■インドネシアに帰国したときの衝撃が起業のきっかけに
Evo&Co.創立者は、デビッド・クリスチャン(David Christian)。2016年から同社を率い、Forbes誌が選ぶ「30 Under 30 ASIA(世界を変える30歳以下のアジアの30人)」にも選ばれた。Evo&Co.のコアバリューは、次の通りだ。
・Innovation 生活を見直し、プラスチックの代替品をイノベーションによって提供する。
・Sustainability 自社製品は自然に戻る材料のみを使用し、持続可能な生産に徹する(原料開発部門設立も予定)。
・Collaboration 消費者、会社、政府、ステークホルダー等あらゆる組織や個人とつながり、協力して、持続可能なライフスタイルを促す啓蒙活動を続ける。
若きリーダーのビジネスの原点は17歳の時だった。母親の車を売らせてもらい、その資金でビジネスを始めたが、このときは散々たる結果で終わった。その後、カナダのコミュニティカレッジへ進学。ストレスを抱えたときに心を癒してくれたのは、カナダの美しい自然だった。森林の香りがする空気、澄んだ夕焼けの空、ごみのない海岸の景色。その経験を経た彼にとって、帰国した日に感じたジャカルタの大気汚染、目に余るごみは衝撃だった。
カナダ時代、限られた仕送りで友人を養ったことがあった。その友人が「当時は世話になった」と
お金を返してきた。それを資金として始めたのがEvo&Co.である。現在、若きマネジメントチームが経験と専門知識のあるアドバイザーと共に約2473億ドルの世界グリーンパッケージングマーケットシェアに挑んでいる(Grandview Research社2020年Market Research)。
■プラスチック廃棄物問題に挑む2つの事業

ご存知のように、インドネシアでもプラスチック廃棄物問題は深刻だ。インドネシアのプラスチック廃棄物の海洋流出量は中国に次いで世界で2番目に多いというデータを目にされたことはあるだろうか。インドネシア政府は2018年に「海洋プラスチックごみ行動計画2018-2025(2018年83号)」を発令、廃棄物管理政策とプラスチックごみの海洋流出対策を国家の最優先課題と位置づけた。近い将来、インドネシア全34州でのプラスチック廃止を予定している(ジャカルタでは2020年7月より使い捨てプラスチックレジ袋は禁止)。
Evo&Co.はプラスチック廃棄物をなくすことをミッションとしているが、この実現には消費者の考え方のシフト、そしてプラスチックに替わる生分解性パッケージの提供が欠かせない。便利で経済的だが環境に悪いプラスチックではなく代替品を選ぶというパラダイムシフトが起こるよう、Evo&Co.は生分解性代替品の開発·生産·販売、そして消費者の行動を変えるきっかけとなる啓蒙活動をさまざまなコラボレーションを通じて行い、ミッション達成に挑戦している。
プラスチックの代替品である生分解性製品を提供する事業には、2つのラインがある。1つはEvoworldで、竹、米、サトウキビ等を原料とする生分解性レジ袋、容器、ストローなどのカトラリーを製造・販売する。ジャカルタなどのおしゃれでエコフレンドリーなカフェやレストランで木製のフォークやスプーン、紙製の白いストロー、米を原料とする黒いストローを見かけることがあるが、こうしたカトラリーがEvoworldの製品だ。テイクアウト用の白い容器はサトウキビが原料という。
もう1つの事業はEvowareで、こちらは海藻由来の製品ラインアップとなっている。創業当初に作った食べられるコップは色とりどりで、ミレニアム世代が好みそうなインスタ映え製品。CNN、CNBCなどインドネシア国内外のメジャーなメディアに取り上げられているため、ご存知の方も多いかもしれない。
現在は、一定の温度を超えると溶けて食べられる包みや包み紙もEvowareのラインアップに加わった。こちらは個別包装のインスタントコーヒー、ハンバーガーの包み紙などから、食品ではないものにまで幅広く使える。
Evoware事業はEvoworldより一歩踏み込み、今年には研究開発部門も設立予定になっている。研究開発から製造、販売、そして特許取得まで、一貫性のある事業を確立する。研究開発部門はコロナ禍の影響で延期されたが今年中には始動の予定ですと、クリスチャンは忙しいスケジュールの中、夜のジャカルタ市内を移動する車の中で熱く語った。製造過程においては通常のレジ袋を生産していた既存の機械を使い、プラスチック袋の生産工場自体もリサイクルする構想だ。環境破壊の担い手になっていた工場が海藻を使うことで生まれ変わり、世界を持続可能な良き方向に変える、責任のある生産者(工場)に次々と変身する日が来ることだろう。
■啓蒙活動で社会全体の意識改革を促す

2つの事業以外でEvo&Co.が力を入れているのが啓蒙活動、Rethink Campaignである。企業、政府、
自治体といったさまざまな団体、個人とのコラボにより、日常の消費行動を自己評価し、持続可能でエコフレンドリーな行動を取るよう人々の意識を高めるのが目標だ。
自社製品のRethink Kitもその1つ。このキットは、レストランなどでプラスチック製のカトラリーを使わないで済むよう、木製のスプーンやフォークが持ち運べるようになっている。実際にプラスチック製品の使用を抑えるとともに、エコフレンドリーな意識を高めることを狙っている。そのほか、海岸のごみ拾い活動や1万本の竹の植林などさまざまなキャンペーンを展開し、社会全体の意識改革を促している。
また、Evo&Co.は現在、Warung(小規模食堂・商店)で使われているプラスチック製ストローを生分解性ストローに置き換える「WARUNG LESTARI」キャンペーンを行っている。Warungでは、予算の関係から安価なプラスチック製ストローが使われがちだ。Warung1店舗あたり90万ルピアで、これを生分解性ストローに置き替えるための支援を行うというキャンペーンだ。
JAPINDA会員に対し、クリスチャンから「ご一緒にインドネシアの環境を良くしていきませんか。ご賛同いただけた方には月間レポートを送付し、Warungにて御社名(個人名)のバナーを配置します。御社の社会貢献活動として、あるいは個人でぜひご参加ください」とのメッセージを受け取っている。興味のある人は、このキャンペーンをコラボで行っている団体CarbonEthicsのHPにある「WARUNG LESTARI」ページ(https://www.carbonethics.org/warung-lestari )から参加して欲しい。
■環境破壊の「つけ」を先延ばしにしないために
「現在、生分解性の製品は既存のプラスチック製品より高価ですが、将来的な環境破壊の「つけ」の方が想像できないほど遥かに高くつくのです」。クリスチャンの言葉が最後まで心に残る。
2021年の現在でもインドネシアの負の部分は変わらず、廃棄物問題も解決されていない。インドネシアの廃棄物は年々増加傾向にある。毎日19万トンの廃棄物、2万5000トンのプラスチック廃棄物が出て、その2割は川や海を汚染している。地球全体のプラスチック廃棄物のうち15%はインドネシアからと言われている。
我々には個人としても生産者としてもゴミを減らすだけではなく、持続可能な廃棄物処理を考慮した責任のある行動が求められている。廃棄物の現状を放っておけばコロナ禍の打撃どころではないのでは、と思う。経済状況が厳しいニュースを多く耳にする昨今であるが、信念と決意のある若きリーダーが率いるEvo&Co.のプラスチック問題への大きな挑戦を応援したい。