JACリクルーメントインドネシア 会長 吉原 毬子
■GOJEKのOB・OGが設立したデジタル教育のスタートアップ
インドネシアの社会問題の解決にチャレンジするスタートアップを日本インドネシア協会の方がたにご紹介したくスタートした本連載。第7回は、デジタル教育にかけるスタートアップBINAR ACADEMY (ビナール・アカデミー)を紹介したい。
BINAR ACADEMYは2017年、アラマンダ (Alamanda Shantika, Founder & CEO)、ディタ (Dita Aisya, Co-Founder & Chief Commercial Officer ) 、セト (Seto Lareno、Co-Founder & Chief of Academy & People Operations ) の3人が設立した。
ジョコ大統領が、政権2期目のメンバーとしてインドネシア最大のユニコーン企業、配車サービスのGOJEKの共同創業者であり前CEOのナディム・マカリムを教育文化相に任命したことはご存知のことと思う。この会社の設立者の3人もGOJEK出身だ。GOJEKでは、アラマンダは製品・技術のVice President、ディタはMarketing Manager、セトはPeople Partner Headとして活躍していた。アラマンダはジョコ大統領のアドバイザリー評議員、国営のマンディリキャピタルのインディペンデント·コミッショナーも務めている。
この若干1988年生まれの女性アラマンダとインドネシアのデジタルの風雲児たちがデジタル教育の改革に乗り出したのが、今回のBINAR ACADEMYだ。GOJEKというスタートアップが、新たなスタートアップの基盤となっているのが見える。
■デジタル人材の需給ギャップを埋める
東西が飛行機で7時間というこの大国の各地域で増え続ける子供たち、若者に教育を提供するには、デジタルに頼るべき部分も大きい。また、この国の経済成長のために優良なスタートアップ企業の創出が期待されている。ASEANのトップ10ユニコーン企業のうち6社はインドネシアの企業で、GOJEKはデカコーンにまで成長した。それらのユニコーン企業は多くの雇用を生み出している。インドネシアのスピードとクリエイティビティにデジタル教育の向上が加われば、この国の成長を加速させる可能性は高い。
BINAR ACADMYの目標は「学習経験のリボリューション」。産業ニーズに合ったコンテンツを作り出せる教育を人々が受けられるようにすることを目指している。
「現在の教育システムでは、デジタル人材の需要と供給のギャップは埋められない」とアラマンダは言う。その理由は第一に、デジタル人材が圧倒的に足りていないこと。ホワイトカラー採用の条件が大卒であるにもかかわらず、ポテンシャル人材が高等教育にアクセスできていない。この国はまだ大学進学率が10%にも達していないのだ。
第二の理由は、人材の質だ。大学はいまだワンパターンの記憶教育に頼り、現在のデジタルトランスフォーメーション時代にそぐわない古い題材を使っている、そのため、企業が必要とする人材が供給できていない。第三の理由は、学生は職業の将来性をかけて入学するが、大学が適正なキャリアセンターを持っていないため、60%もの学生が労働力となるためのヘルプを得られていないことだ。
その結果、現在、企業のCEOの80%がデジタル技術が足りないことを懸念しており、デジタル技術の欠如が54%の企業のビジネス成長の妨げとなっているというデータもある。

■4年で8000人以上がプログラムを受講
こうした問題を解決するために、BINAR ACADEMYは下記の3つに挑んでいる。
●金銭が理由で大学に行けない人たちに、低コストでスキルアップできるチャンスを提供する
●求職者が、より企業が求めるスキルに近い技術の習得ができる
●インドネシア人の人財の質の向上への触媒となる
BINAR ACADEMYは、ジョグジャカルタのGOJEKのTECH VALLEYが閉鎖になり(インドに拠点を開いた負荷で一旦閉鎖となった)、数十人の同僚が無職になった後に立ち上げた。彼らを採用してカリキュラムを作らせたので、最初のフルスカラーシップのプログラムは数か月で立ち上げることができた。
1グループ目は5名だったが、1年後には400名の学生が恩恵に与った。学生らは彼らのビデオエッセイや論理思考テストを通して、ソフトスキルとハードスキルの両面からスカラーシップの選考を受ける。フルスカラーシップを受ける学生は、返済の必要はない。
スカラーシップは、パートナー会社たちのヘルプを受けて行われている。パートナー会社はネットワークやメディアを通して探しており、CSR目的の企業もあるが、銀行などIT人材やITスタッフのスキルアップが必要な企業が多く参加している。
BINAR ACADEMYで学んだ学生は、4年で8000人以上に上る。プログラムは4~6か月の集中BOOTCAMPで、「アンドロイド・エンジニアリング」「フルスタック・ウェブ開発」「UI/UXリサーチ&デザイン」「プロダクトマネジメント」の4コースがある。それ以外には短期のウェビナー形式で、デジタルマーケティングやデータサイエンスなどさまざまなトピックが学べる。講師は現在デジタル産業で働く専門家などで、リクルートチームとトレーナーをトレーニングする学習品質チームもある。学生にはメンターがつき、学習をサポートしていく。
■人々が学ぶことに熱中するきっかけに

オンライン学習の有効性を信じてもらうことも、卒業生の質がフォーマル教育と同等(より良い、でもなく)という信頼を得られるようになるのも、簡単ではなかった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により世界中の教育と学習がオンラインに変わったことが、彼らにとっては不幸中の幸いとなった。
インドネシアにおいても、すべての学校が閉鎖され、遠隔学習が強要された。そして伝統的な教育は突如止められ、人々はオンライン学習に前向きに向き合わなければならなくなった。オンラインの授業により、コロ
ナ禍においても大学生からマネジメントレベルの学生まで、学び続けることができた。
現在アマンダらは、生産やエンジニアリングを含むデジタルスキルをインドネシア中の学生が学べる携帯アプリのローンチに注力している。学生が持っている最も価値のある資産である携帯を最大限に利用し、携帯のボタンを押すだけで最新のデジタルスキルを学べるようにするという。
これからの数年では、ユーザーの興味やベースラインスキルによって学ぶコースを推薦できるようにすること。そしてAIベースのマッチングシステムによる職業紹介を可能にし、10年でインドネシアにおいて1000万人に学んでもらうというのが彼らの次の目標だ。
そして将来は、東南アジアのリーディング·エドテック企業となり、教育業界において新しいアプローチに応じられる学習のリサーチセンターになりたい、学生が自分の潜在能力を開放して世界クラスの人材に進化し、人生を通して学んでいける新しいユニークな学習経験を提供したい、と夢は果てしない。ソーシャルメディアにはまるのでなく、学ぶことに人々がはまっていって欲しい。そんな教育にかける思いが彼らのモチベ―ションになっている。
私がBINAR ACADEMYを支援する理由は、学生に格安でコーディングを学ぶことを可能にしていることだ。月額50USドルで、いつでも、どこからでも一流のプログラムを受けることができる。50ドルというのはこの国の大学の学費より安い。そして、大学の4年という月日をかけずに仕事に就くことができる。
この国には60万人のIT人材が毎年必要だ、とジョコ大統領は言う。BINAR ACADEMYがやっていることは、それをサポートする。加えて、アマンダらはスキルを教えるだけでなく、ライフスキル(生きる力)とアジャイル(機敏、俊敏)な方法を、大切な要素として学生らに学ばせたいと思っている。クラスは、他の学生らとのアクティブラーニングという形でデザインされている。それは、対人スキルを同時に習得させたいと考えているからだ。